おしらせ

ノーハウへの軌跡<2>

みなさんこんにちは

前回に引き続き「ノーハウへの軌跡<2>」をアップさせていただきます。

40年程前の新聞記事ですので今の若い人たちは聞きなれないカセットテープ等出てきますが、当時の記事のままご紹介させていただきます。

それでははじまりはじまり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パールトーン社の応接室。第二営業部長の由本敏次が、テーブルの上に綸子の反物を広げた。いきなりしょう油をたらす。ひと固まりのドロリとした液体。そこへ水を注ぐ。乾いたタオルを当てる。タオルを取ると、ほとんど一点のシミもない。手品のようだった。もう一度、「念のために」と水を注いでふき取る。もとのままの汚れのない綸子が、そこにあった。

 

 

もしこの生地にパールトーン加工をしていなかったらどうなるだろう。しょう油が生地に浸みこむ。とりあえず応急処置をし、シミ抜きに出さなければならないだろう。洗い張りの必要があるかもしれない。

 

 

もう十年余りも前のことだった。石川忠・宮内庁京都事務所所長(当時)の京子夫人は、夫君から葵祭の衣装を手がけたパールトーン加工のことを知った。そこで自分のキモノを加工することにした。

 

 

「加工したキモノを届けていただいたとき、おしょう油をさっとかけられてびっくりしましたが、そのあと水で簡単にふき取られたとき本当に感心いたしました」

 

 

京都御所へ国賓が泊まると、その送迎時、十五分前から玄関に整列する。雨天の日でも、どしゃ降りでないかぎりは傘を持たないのが習わしだ。和服の女性は非常につらい。しかしパールトーン加工してからは「堂々とぬれた」という。

 

 

パールトーン加工は、一種の真空浸透加工法である。加工する品を真空槽に入れ、繊維の組織自体をオープンなものにして“パールトーン液”を特殊装置で繊維の深部にまで浸透させる。こうすればもう、しょう油も泥水も、繊維の中までは入れない。しかも常温加工だ。汚れないだけではない。品物を傷めない。品質をまったく変えない。

 

 

昭和三十五年、パールトーン社が京都へ進出したころ、一部の呉服商から「これではキモノが売れなくなる」の声があがったほどだった。しかし実はキモノの強力な味方なのである。

 

 

「加工してあってもなくても一見してわからないが、加工賃がプラスされるのでそれだけ営業面にひびく。しかしこの加工は保険みたいなもので、いざというときにありがたさがわかる。私の方ではかくれたサービス、いわばメーカーの良心として加工している」

 

 

上田善社長の上田善一郎がこういったのはもうひと昔も前のことである。

 

 

四年前、東レがシルキーな合繊、シルックのキモノを売り出した。「シルラック加工した洗えるキモノ」がうたい文句だった。ところが帯は、この加工をすると、くたくたになり、あのしゃきっとした持ち味が消えた。このため東レも、その時ばかりはパールトーン社のお得意先になった。

 

 

和服を着る人なら経験があるだろう。お召しは水や湿気で縮んでしまう。絞りは伸びる。つづれ織りは風あいを失う。タンスの中で変色することもある。高価なものほど弱点を持つ。パールトーン加工は、このウイークポイントの克服に成功した。

 

 

ただし万能ではない。着色した食品や化粧品、化学薬品などには弱い。フェルトペン、ボールペンなどのインキも、ほんの一-二%だが残る。とくにフェルトペンのインキは粒子が細かい。パールトーン加工した布地にも浸透してしまう。第一、あれには“魔法のインキ”と表示されている。魔法にはパールトーンも勝てない。

 

 

以前、ある繊維メーカーが「インキもつかないパールトーン加工品」と宣伝した。この誇大広告のため、パールトーン社は一時取引を断ったことがある。「ウソは売らない」。創業者の前社長・國松勇は、生前、息子の現社長・照朗にこういい聞かせてきた。

 

 

「金銭のための仕事をするのではない。皆さんから満足してもらう仕事をつらぬくことだ」

 

 

もし科学薬品など当面の“敵”をも克服して、パールトーン加工を万能にすればどうなるか。まず、染めかえができなくなる。この点はどこかカセットテープに似ている。録音後、テープの“ツメ”を折れば、その音は永久に消えない。が、再び別の録音には使えない。対化学薬品は今後の課題にはなるだろう。しかしいまのままで万能にすれば、自由な染めかえという楽しみを、和服党から奪ってしまうことになる。

 

 

あらゆるものは酸化作用によって傷む。パールトーン加工は、酸化防止を目的とすることからスタートした。ノーハウで五十年間の独走。ただ、三、四年前から後発メーカーが目立ち始めた。パールトーンのパンフレットをそのままコピーしたようなパンフレットをばらまくメーカー。類似の社名を使うメーカー。そこで加工したものを、パールトーン社へやり直しに持ち込んでくる客もある。

 

 

「類似加工ができることは悪くない。いろんな加工があってキモノの弱点をカバーするのだから…」

 

 

國松照朗はおおように構える。

 

 

「五十年の実績はわが社だけの誇り」キモノ業界の外側で仕事を始め、いまはすっぽりその中に入ってしまった。キモノそのものの振興こそ、これから目ざす最大の道である。

 

<3>につづく
【サンケイ新聞掲載記事】

 

 

パールトーンブランドサイト
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